14周年

本日6月1日をもちまして、Core+(コアプラス)パーソナルトレーニングジムは、無事に14周年を迎えることができました!

2012年のオープンから今日まで、激動のフィットネス業界を生き抜いてこられたのは、当店を支えてくださった会員の皆様、そして関わってくださったすべての方々のおかげです。

心から感謝申し上げます。

さて、毎年この日は「初心を忘れない」ための振り返りブログが通例となっていますが……。

気づけば、私がこの業界に飛び込んでから23年が経っていました。

少し長くなりますが、ぜひ最後までお付き合いください(笑)。

■ 第一章「働かないと、お金は消える」

すべての始まりは2003年9月。私はある「恐怖」の中にいました。

その前年にサラリーマンを辞め、丸1年間「最高に自由な時間」を満喫していたツケが回ってきたとも言えます。

失業保険も使い果たし、サラリーマン時代の貯金を切り崩し続けた結果、2003年9月、ついに貯金通帳の残高が完全に「底」をつきました。

「働かないと、本当にお金ってみるみる減るんだな」

毎月決まった給料が振り込まれる世界にいた人間にとって、口座残高がみるみる減っていく感覚は、経験した者にしか分からない恐怖でした。

「そろそろ働くか。」

サラリーマンを辞めた後の身の振りはフィットネス業界に行くことと決めていました。

ただ、今後30年を全力で突き進むためには、いったん休息期間が必要だということで1年間は自由に過ごしました。

そして右も左も分からないまま、私はフィットネス業界へ飛び込みました。

当時の私の目標は【健康運動指導士】の資格を取ること。

健康運動指導士の資格取得には、「現場での指導経験3年以上もしくは同等の経験がある者」という条件がありました。

トレーニング愛好家ではありましたが指導経験ゼロの私は、「働きながら現場で経験を積んで、早急に資格を取ってやる」と心に誓ったのです。

■ 第二章:2005年、資格取得。しかし「次の試練」が・・・

昼間は解剖学やトレーニング理論の勉強、夜はスポーツクラブで実務経験を積む生活にも慣れて、2005年秋、ついに当初の目標であった「健康運動指導士」の資格を取りました。

「これで俺のフィットネス業界での地位も格上げだ!」……と、言いたいところですが、現実はそんなに甘くありません。

時給が上がるわけでも、資格を持っているからといって仕事が舞い込むわけでもありません。

唯一、名刺の肩書きで【健康運動指導士】と書けるだけ。

目標を達成した瞬間、私は「次は何をすればいいんだ?」と次なる目標を見つけなくてはいけなくなりました。

そんな中、総合スポーツクラブの現場で、私はある“現実”に直面し、強い違和感を抱くようになります。

「なぜ、変わりたいと思って入会した人たちが、誰一人として変わっていないんだ……?」

ダイエット成功したい、体を変えたいと、高いモチベーションで入会されたお客様が、数ヶ月経っても全く結果が出ないまま ルーティンのように通っている。

クラブが用意した一律のメニューやプログラムを案内しても、結果が出る人はほぼ皆無。

この時、私の疑問からある解答が湧き上がりました。

「マニュアル通りの指導の限界だな。一人ひとりの体と本気で向き合う『マンツーマン(パーソナル)』の指導なら、この人たちの体を劇的に変えられるはずだ!」

ここから、私の本当の挑戦が始まります。

■ 第三章:2007年、パーソナルトレーナーデビュー

運命の引き寄せか、2007年、とあるスポーツクラブD店で「パーソナルトレーナー募集」の文字を目にします。

今でこそ街中に溢れるパーソナルジムですが、当時は日本にパーソナルトレーニングジムというものは存在しない時代でした。

「パーソナルトレーニング=一部のアスリートやセレブの特権」であり、一般の認知度はゼロだし、一般層が会費の他に別途お金を払ってまでトレーニングを教わるという文化すらありませんでした。

そんな中、このスポーツクラブD店は当時20名ほどのトレーナーを擁する、全国的に見てもパーソナルトレーニングに対して超先進的なスポーツクラブでした。

ここで私は、当時まだ誰も知らなかった「加圧トレーニング」を前面に出して売りに出ました。

2007年3月、そこで仕掛けた無料体験会で64名の方が加圧トレーニングというものに初めて触れました。

私のパーソナルトレーナー人生は、ここから始まりました。

そして2009年、有名女優の影響もあり空前の「加圧ブーム」が日本中を席巻します。

私の元にも多くの問い合わせが殺到し、忙しい日々が到来しました。

しかし、ブームの裏には必ず「終わり」があります。

ブームに便乗したにわか仕込みの質の低いトレーナーが「加圧トレーナー」を名乗り始めたのです。

注意喚起ぐらいしか出来ることはありませんし、こういうブームはいずれ終わります。

次のこと(ブームが終わった後)を考えることになります。

ちなみに、2012年5月までD店N店T店の3店舗で業務委託契約のパーソナルトレーナーとして働くことになります。

■ 第四章:2012年『Core+』誕生、そして“火の海”の2026年へ

2012年6月1日。

活動のすべてを注ぎ込むため、スポーツクラブとの契約をすべて解除し、私の理想を詰め込んだ「Core+(コアプラス)パーソナルトレーニングジム」をオープンしました。

ありがたいことに、新規オープンのキャンペーン期間の1ヶ月で6名の新規が入会してくれましたし、スポーツクラブ時代からのお客様もスポーツクラブとは別に新たに入会してくれたおかげもあり、オープンから順調の滑り出しでした。

この後、2014年2015年の頃が忙しさのピークでした。

営業時間外でも予約枠を使っていましたので平日11時~21時のところ8時~23時まで枠を拡大して対応していました。

結果、どうなったか。

凄まじい疲労で、自分自身の心と体が限界を迎えました。

この時、猛烈に反省したのです。

「これは良くない状態で、トレーナー自身が健全であってこそ、最高のサポートができるんだ」と。

そんな折に、2015年頃から大手のライザップの台頭により、業界は一変します。

全国にパーソナルジムが「雨後の筍」のように乱立し始めました。

私がオープンした2012年は、競合が誰もいない「ブルーオーシャン」でした。

しかし、現在2026年は、完全に競合ひしめきあう「レッドオーシャン(文字通りの火の海)」です。

■ 14年を振り返る。そしてこれから。

「14年もよく続いたな、運が良かった」

運だけは良い。

色々なタイミングが私にはベストタイミングで来たと思います。

だって、今からパーソナルトレーニングジムを新規ではじめる?って言われたら断りますもん(笑)

うまい具合に、自分の経験が他人の役に立って『ありがとう!』って言ってもらえる環境が作れたことに感謝するとともに、いつまで続くかは分かりませんがこれからも『ありがとう!』と言われ続けますよ。

特に40代、50代を過ぎて「安全に、でも確実に体を変えたい」と願うお客様には、私がこれまで積み上げてきた経験がまた役に立つと思います。

14年間、本当にありがとうございました。

そして15年目、皆様の理想の体作りのために、全力でサポートしていきます!

今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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