人類が「もっと楽になりたい」と願い続けた結果、ジムに通うことになった。
人類は「もっと便利になりたい」という欲求から革命を起こす、そしてもう二度と元には戻れない。
突然ですが、今回は「革命」について書いていきます。
革命と言っても、どこか遠い国、または歴史上の、政治的な暴動や政権交代の革命ではありません。
では何かというと、人類の歴史における「革命」です。
ここで言う革命とは、技術や産業、あるいは人間の価値観やライフスタイルが「それ以前には二度と戻れないほど根本的に激変すること」を指します。
700万年といわれる人類の長い歴史の中で、この「もう元の世界には戻れない川」を渡った大きな大転換期は、実は数えるほどしかありません。
数えるほどしかない革命ですが、現在、地球に暮らす全ての人は生れた時から革命の真っ只中で生きています。
今まさにその川のド真ん中を泳いでいます。
【農業革命】「もっと楽に空腹を満たしたい」がもたらしたもの
最初の大きな転換期は、約1万年前に始まり約4000年前に世界中に広まる「農業革命」です。
それまでの人類は、その日暮らしのハンターでした。
獲物が獲れなきゃ餓死。
そんな不安定でスリリングな毎日から、「作物を育てて計画的に収穫し蓄える」という大発明にたどり着いたわけです。
動機はいたってシンプル。
「もっと安定して食料が欲しい」
「もっと楽に生きたい」という、人間の生存本能らしいピュアな欲求です。
結果として食料供給が安定し、人類の数は爆発的に増えました。
まさに人口爆発です。
人類は農業革命により人口の増加という人類発展のもとを築きます。
「めでたしめでたし」と思いますよね?
ところが、歴史や人類学のデータを紐解くと、農業を始めたことで、なぜか人類の平均寿命は下がり、さらには「平均身長」まで縮んでしまったのです。
それまでの狩猟民は、大自然を駆け巡り、多種多様な獲物や植物を口にする、いわば野生動物そのままの「強靭なアスリート」でした。
刃牙でいえば、ピクルみたいなものでしょう。
刃牙読者じゃない人は【刃牙 ピクル】で検索してください。
ちなみに、ピクルは素手でティラノサウルスやトリケラトプスを捕食するキャラです(笑)
農業を始めたことで、特定の作物ばかりを食べるようになって栄養が偏り、狭い畑で同じ姿勢のまま単調な重労働を繰り返すようになります。
その結果、現代人にも通じる腰痛や生活習慣病が生まれ、狭い場所に密集して暮らすことで感染症が大流行しました。
つまり人類は、効率よく食べ物を得る代わりに、「動物として明らかに弱くなってしまった」のです。
「あれ? 狩りをしていた頃の方が、体もデカくて健康だったんじゃないか?」 畑仕事でバキバキになった体をさすりながら、そう後悔するご先祖様もいたかもしれません。
でも、人類はもう戻りませんでした。
いえ、戻れなかったのです。
効率よく食料が手に入る便利さという、最も大きなメリットのみで、この道を突き進みます。
【産業革命】機械化(オートメーション化)による「発展」
農業革命からだいぶ時間が経過しますが、人類は現代社会に通じる礎となる革命を起こします。
社会の教科書でおなじみの蒸気機関を発明する「産業革命」です。
産業革命により、人類の平均寿命は延びました。
今まで人力や家畜を使っていた労働が機械に変わります。
そして産業革命を経て、次々に革命を連発していきます。
- 第2次(エネルギー革命): 電気と石油の登場で、夜でも昼のように働けるようになった。
- 第3次(情報革命): インターネットにより、世界中の情報が瞬時に手に入るようになった。
- 第4次(AI革命): そして今、目の前で起きている人工知能の進化。
これらはすべて、「不便から解放されたい」という強烈な願いがカタチになったものです。
ここで、僕個人がこれらの【革命】にどのように関わってきたのかを述べてみます。
僕は「サザエさん」の波平氏と同じ年齢です。
僕が生まれた1970年代は、電気や石油に支えられた社会が「当たり前」でした。
そして大学生の頃から今日に至るまで、僕は「情報革命」という革命のド真ん中を全力疾走してきた世代です。
90年代に携帯電話が登場し、ポケットに電話が入る便利さを知った。
90年代後半からネットが繋がり、2010年代にはスマホが登場し、情報というものが手軽に手に入る時代になります。
そしてここ1〜2年で、ついに人類の知能を超える可能性を秘めた「生成AI」が登場しました。
今や画面を数回タップするだけで、あるいは声で指示を出すだけで、買い物も仕事も完結する世界です。
移動は車、デスクワークは自動化され、日常生活で「ほとんど動かなくてもいい環境」を手に入れました。
「秒速で変わる世界」と、「万年単位でしか変わらない身体」
これって、人類にとってはずっと夢見てきた「究極に楽で便利な世界」のはずですよね。
しかしその陰で、心と体が革命の進化についていけない歪みに直面しています。
なぜ、現代人の多くの人が慢性的な運動不足に悩み、生活習慣病を患い、メンタルを崩してしまうのか。
その答えは、「革命のスピード」と「人類の進化のスピード」が、あまりにも乖離(かいり)しすぎているからだと思うんです。
産業革命後の環境の変化は「秒速」と言えるほどのスピードで進んでいます。
産業革命から現在(2026年)まで二百年ちょっとしか経っていないわけです。
- イギリスで始まった初期(1760年頃〜)から: 約266年
- 蒸気機関車などが登場し本格化した時期(1800年頃〜)から: 約226年
一方で、人間の遺伝子や身体の仕組みはどうでしょうか。
実は、大自然を駆け回っていた数万年前の狩猟民族の時代から、生物学的にはほとんど進化していません。
僕たちの体は、本来「毎日10キロ以上歩き回って、筋肉を動かすこと」を前提に作られています。
心臓も、血管も、脳のメンタルを司る機能も、すべては「動くこと」で正常に働くように設計されているのです。
それなのに、環境だけがワープするように便利になってしまった。
「動くように作られた野生の体」のまま、歩く必要すらなくなった「超・自動化社会」に放り出されている。
この生物学的な大いなるタイムラグ(ズレ)こそが、現代のあらゆる不調の正体ではないかと思うんですよね。
「昔の、携帯がなかった時代の方がのんびりしていて健康だったな」 薄々そう気づいていても、じゃあ今からスマホを解約して、ネットも車もない時代に本気で戻りたいかと聞かれれば、それは不可能です。
もう、後ろには戻れません。
おわりに:だからこそ体を動かす習慣を作ることが重要
かつて生きるために大自然を走り回っていた人類が、今や「あえて運動する時間をわざわざ確保」しなければ、健康的に生きることすらできない社会に生きている。
そして、そのために「お金を払ってジムに行く」という、なんとも不思議なジレンマの中にいます。
「だったら、スマホもAIも捨てて野生に戻ろう」なんて、そんなの絶対に無理じゃないですか。
僕だって車に乗るし、スマホも手放せないし、AIの進化にワクワクしている一人です。
便利で楽なものは、やっぱり最高なんです。
だからこそ、フィットネスクラブやパーソナルジムという場所が人間には必要なんです。
「ジムに行って汗を流す」というのは、かっこいいカラダを作るなどの目的もあります。
一方で、秒速で進化していく文明のなかで、万年単位で変わらない自分の「野生の体」を守るための、いわば現代人にとって必須の防衛策の役割もあると思います。
「もっと楽をしたい」という人間の欲求が生み出した、現代の歪み。
プラスの面もあればその影となるマイナス面もあります。
マイナス面から目を背けず、だけど文明の恩恵も賢く受け取りながら、自分の意志で心と体のバランスを取っていく。
それが、この時代を健やかに生き抜く方法なのではないかなと思います。
時代は僕たちの都合なんてお構いなしに、どんどん先へ進んでいきます。
これは革命の真っ只中を生きていく宿命みたいなものでしょう。
これからも便利をこれでもかってぐらい享受したい人は↓↓↓↓



