スポーツの世界ではしばしば迷子になる

スポーツの世界にはびこるノイズ

『地区大会優勝を目標に!』

『全国大会で優勝する!』

そんな高い目標を掲げて、日々厳しい練習に励むアスリートは大勢います。

しかし、実際にタイトルを手にするのは、ほんの一握りの限られた者(チーム)だけ。

それがスポーツの世界の厳しさです。

かつて、ある空手師範のこんな言葉を耳にしました。

「優勝を目標に一年間頑張ったとしても、結果が2位や3位に終わったなら、その選手の一年間の練習は『無駄な練習』だったということだ」

初めてこの言葉を聞いた20代の僕は、『さすがに極端すぎる意見だ』と感じたものです。

ちなみに、この空手師範は道場からチャンピオンを何人も育成して『チャンピオン製造工場』といわれるぐらいの師範です。

それでも、当時の自分には半分ぐらいしか理解出来ませんでした。

しかし、今なら、あの師範の言葉の真意が痛いほどよく分かります。

仕事に置き換えてみると真にやるべきことが分かる

日本人は仕事に取り組む姿勢がとてつもなく高いのでスポーツの部分を仕事に置き換えると納得できるかと思います。

たとえば、数ヶ月後の〇月〇日〇〇時に、北海道で会社の命運を握る「大事な商談」があるとします。

当然、その日時に間に合うように逆算し、飛行機や新幹線のチケットを手配して、確実に現地へ向かいますよね。

これがビジネスにおける「当たり前」です。

では、もしも担当者が『北海道へ、とりあえず自転車か徒歩で行きます!』と言い出したら、どう感じるでしょうか。

結果、当然のように商談の時間には間に合わず、大事なビジネスの機会を損失してしまったとします。

周囲は彼に対して、 『頑張って自転車で行こうとしたんだね。その努力は無駄にはならないよ』 …なんて絶対に言わないはずです。

おそらく、『頭は大丈夫か?』と本気で疑うレベルの大失態でしょう。

しかし、なぜかスポーツの世界に足を踏み入れた途端、「結果よりも過程を大事にする風潮」に飲まれてしまいます。

特に小中高の学生スポーツにおいては、「勝負よりも教育」という側面が強調されるため、問題の本質がさらに見えにくくなっています。

もちろん、僕は教育そのものを否定したいわけではありません。

むしろ、「本気で勝ちたいから、勝つための練習を徹底する。しかし、それでも負けることがある。この過酷な現実と向き合うこと」にこそ、スポーツが持つ本当の教育的価値があると考えています。

行き先を間違えたなら、どれだけ汗を流しても目的地には着かない。

負けたときに『頑張ったからいいや』とプロセスを美化するのではなく、『自分の練習(ルート選択)のどこが間違っていたのか、何が無駄だったのか』をシビアに見つめ直して修正する。

この「努力の方向性のズレを修正する経験」こそが、大人になって社会に出たときに生きる本当の学び(教育)のはずです。

「教育」や「過程の美徳」というノイズに甘え、結果の出ないやり方を全肯定している限り、本当に欲しいモノは手に入らないかと。

ダイエット、カラダ作りも同じこと

スポーツの世界同様に、ダイエットやカラダ作りにも同じことが言えます。

見当違いの方向を向いた努力ほど無駄なものはありません。

特にダイエットはリバウンドというリスクがありますから、【ダイエット失敗=元通り】とはならずに、ダイエット失敗により元の体重より太ってしまうこともあります。

『リバウンドしちゃったけどダイエットをした努力は無駄じゃなかったよね。』とか言っているようではいけません。

https://ameblo.jp/t-suto/entry-12364260071.html?frm=theme

正しい方法で目的地に辿り着きたい人は↓↓↓↓

体験パーソナルトレーニング受付中
広告